The Blue Note-Books

ジャーナリスト森健のブログです。
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映画の発想とか文化の違いとか。
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     ここ最近見たい映画がラッシュ状態で公開されている。『エピソード3』『宇宙戦争』といった大作はもちろん、『ミリオンダラーベイビー』『アルフィー』『ヒトラー』『さよならさよならハリウッド』……と続いている(順不同)。どれも行けてないのだけど、これだけ溜まるとちょっとつらい。
     で、昨夜捗らなくなった仕事の間に、「あ〜あ」とぼんやりメシを食べながら新聞を覗いてみたところ、そこにでかい日本映画の広告を発見。載っていたのはマンガちっくな、というか、いかにもお化け屋敷に出てくるようなチープな装いの妖怪たちで、なぜかあの豊川悦司までブキミな格好をしている。タイトルは『妖怪大戦争』……。
     どうしてこうなってしまうのだろうと。
     この飛躍はなんだろうと。
     見なくても、この映画のシケーな感じはわかり、もうお腹いっぱいになった。
    (後で調べたら、荒俣宏原作でおもしろ芸能人がいっぱい出る子ども向きだった)
     いや、言ってしまえば、SWに出てくる異星人だって、宇宙戦争の火星人(?)だっておかしな存在。それはわかるのだけど、向こうの作品はある程度物語を読むうえで納得できるベースを先につくっている。一方、どうもむかしから日本映画というのはリアリティに乏しい。リアリティの根拠と空想物をつなぐロジックに弱い。言えば、飛躍しすぎ。
     わかりやすい例は、たとえば同じ年に公開された『ジュラシック・パーク』と『REX』。あのリアリティの濃淡の差は、SFXと特撮という話じゃなくて、何か根本的に出発点が違っていた。当時テレビの予告CMで安達祐実が「れっくす〜」とか言ってた覚えがあるけど、いや、れっくす〜って言われても……。
     要は、日本の映画作品では唐突にヘンなものが出現する。そして、出ても許されてしまう環境がある。そこが不思議。
     というか、振り返ればだいたい昔からそう。ウルトラマンとか存在の意味や目的もよくわからず、出身や発生の根拠もM78星雲出身ということくらいしかはっきりしていない。そもそも彼は全裸なのか? M78星雲とは全裸でも許される社会なのか? スペシウム光線ってどういう原理なのか? 
     たいていそういうことは曖昧なまま物語が進む(もちろん自分も小さい頃はそれで喜んでいた)。ゴジラとか仮面ライダーとか根拠がわりに発生の根拠がはっきりしているものはあるけど、あまり多くない。
     そういう設定の詰め方が、向こうの人は決定的に違う。もちろん作品によって差はあるけど、設定段階でかなり根拠づけの作業をしている。だから説得力もリアリティもある。
     以前、任天堂のポケモンの取材をしたときに、そのニーズを感じたこともある。ポケモンの映画をアメリカで公開するときに(アメリカでもものすごい人気だった)、クライマックスで主人公だかが死んだ後でピカチュウが泣いてその涙が主人公に触れたら生き返る、といった流れがあった。ところが、米国版にするときにそのシーンは「まるで意味がわからない」とモメたのである。日本では、なんとなく合意のもとに「奇跡だよね」と思えるところが、向こうでは根拠とロジックがはっきりしないので「No..., I don't understand...」となってしまったと。それで仕方なくそれより前のシーンで、さりげなくピカチュウの涙には人を回復させる奇跡の力があるのだ、というフレーズを誰かに語らせたとのことだった。ドラえもんがアジアでは受けるけど、欧米圏ではあまり受けないのも同じ構造だと思う。ロジックがつながっていないものは理解されないのだ。
     似たようなことは、ホラーでも共通している。『リング』とかもそうで、通常こういうよく根拠とロジックがはっきりしないものはアメリカでは受けない。ところが、『リング』に関しては(プロデューサーの一瀬隆重氏の話によると)、なぜビデオの呪いなのかという意味が曖昧なところが、逆にあのときには他の米ホラー映画にあまりないだけに受けたとのことだった。いわば例外としての受け方だったわけだ。その意味では、そういう曖昧なところに強みはあるとは思う。千尋とかだってそうみたいだし(未見)。
     森羅万象、八百万の神、根源的には自然崇拝……みたいなことを考え合わせると、そういう日本の曖昧な「だよね」的暗黙の合意感があって、たいていの日本のSFやホラー作品はつくられているのだなと思える。
     欧米の作品がすべていいという単純な考えはまったく思っていないが、個人的な見方からすれば、そういうロジックの詰めの弱さに総合的な日本映画の作品としての弱さはあるように思う。
     ただ、そういう曖昧だったり不条理だったりする存在を許す文化は(村上春樹の羊男とかだってそうだし)日本には脈々と流れている。そういうものなのだ。だから、ここで早晩急には変わらないとは思う。

     でも、どうかな。ビジネスとかコンピュータ文化にしてもロジックでできていて、いまの若い人はそういうものに親しんで育っているので、そういう人たちが新しい作り手となる頃には、つくられるものは発想も変わるのかなとも思う。それが全体として日本文化の強みになるのか、弱みになるのかはわからないけど。
     ただ、普通に考えて、やっぱり『妖怪大戦争』みたいな発想としてチープな創作物にはあまりおカネを払いたくないなぁとも思う。
     という曖昧な書き方が許されるのも日本語のいいところですね。てか、長いな。
    | culture | 07:40 | comments(16) | trackbacks(0) |
    コメント
    妙に評判いいじゃないですか。
    なんだか、観たくなってきました。
    http://www.eigaseikatu.com/title/13468/
    | morimon | 2005/08/05 3:41 PM |
    今更ながらですが『妖怪大戦争』の監督って三池崇史なんですね。昨日、駅張りのタイアップポスターで知りました。
    三池崇史って個人的にはあまり評価していないのですが、彼のこれまでの作風を考えると……曖昧さとかいう議論以上に、「何も考えていない」が信条の人だと。
    その最たる人物が、僕は鈴木清順だと思っているのですが、最新作の『オペレッタ狸御殿』に不快感を示した人は、思いのほか多かった。
    中途半端な曖昧さは許容できないけど、突き抜けると凄い−−と私は思うわけで。すみません、ちょっと言い放しな発言で。
    | ツカダ | 2005/07/28 10:13 PM |
    おお。にぎわってますね。私もレスに対するレスを付けようか迷いつつ、くどいかな?と遠慮していたのですが、ムズムズしてきちゃいますよ(笑)
    | ゆみねえ | 2005/07/24 3:36 AM |
    誰も突っ込まないのでひとつ。

    >ひとつだけはわかりますがw

    わかりませんw。

    なんだかとても高いところに話がイッちゃってるみたいですね。
    日本映画とアメリカ映画。

    でも『インディペンデンス・デイ』や、
    それこそ『宇宙戦争』(見てないけど)なんかは、
    ちょっとウルトラマンに近いような気もするんですけどね。

    それでも最近の日本映画の傾向って、
    ずいぶんアメリカ的になってると思います。

    「戦国自衛隊」と「戦国自衛隊1549」(これも見てないけど)の、
    ストーリーの変貌ぶりが、そのいい例かと。
    しかも「戦国自衛隊1549」はハリウッドリメイクが決まったみたいだし、
    かなりアメリカ的になった証拠でしょう。

    ただ、昔の映画にあった人間の描かれ方が弱まっていて、
    単純な敵対構造になっちゃってそうなのが、
    個人的には悲しい(見てないけど)。
    たぶん前作のドロドロした話のほうが面白いと思う(見てないけど)。
    ただ、これは昭和の人間だからであって、
    今の時代のニーズには応えているのかもしれないなあ。うーむ。

    本来、日本人(というか東アジア)の感覚は、
    morikenさんやmorimonさんの言う通り、
    多神教的なところが多分にある気がします。
    それを、一神教的なハコに押し込もうなんて、
    どう考えても無理なはずなんですよね。
    ホラーなんかは特に怨念の得体のしれない怖さっていう、
    その感覚が伝わらなさそうだし。
    『リング』も結局アメリカ版じゃ、
    貞子がジェイソンやフレディみたいになっちゃってるもんなあ。

    そう考えると、日本の映画そのものに、
    すでに「らしさ」がなくなってしまっているのかも。
    ということは、
    多神教的な「曖昧な」感覚がなくなってきているってことか。

    じゃあ『妖怪大戦争』は、日本らしさを残した、
    考えようによっては貴重な映画なのかも。
    しかし、とても中途半端な気がして、シケーな感じに禿同(古)。
    | nega | 2005/07/23 12:02 AM |
    >受け入れられるかどうかは作品次第なのか?

    いや、おっしゃる通りですw
    ちょっと偏向ぎみな視点なもので。

    でも、たしかにあの宗教の「聖」ものはワケわかんないのは多い。聖杯、聖布、聖壁、聖水……。
    ひとつだけはわかりますがw
    | moriken | 2005/07/20 7:08 PM |
    そういやマーズアタックがあった。
    受け入れられるかどうかは作品次第なのか?
    | yu-kiss | 2005/07/19 2:42 AM |
    欧米でもマザーグースやギリシャ神話、果ては聖書のあばら骨から云々という話なんかは受け入れられてるのに、おかしなこっちゃ。
    カーネーションだって聖母マリアの涙から生まれた、っていうんだしさ。
    | yu-kiss | 2005/07/19 2:40 AM |
    >オチを見るまでは眠れないとつい朝まで

    そういう罠だったのでは……。
    というか、映画『踊る大捜査線』をテレビで見たとき、そういう中途半端感を感じました。ヘンな三人組の笑いのシーンとかすごくテレビ的なものが入ってて。こういう感覚が安いんですよ。

    >『MATRIX』1作目

    もうすっかり忘れてました。そんなシーンありましたね。
    あの映画、2、3と進むたびに、これでもか!感を増してて、エヴァのように、いろんな暗喩などで言われるわりには、実際にはかなり取ってつけの“増築”だったのでは、と邪推しました。

    ま、それを言い出すと、「リングにかけろ」とか「ウルトラマン」とか「ドラゴンボール」とか復活を許すのは多いですけどね。

    あ、あと飛躍しますが、こういう“増築”オッケー感(=運用で後付け)がいろんなところにあるから、僕は憲法改正は反対です。いまでもひどいのに、改正したって結局はもっとひどいズルズル運用になると思うので。
    | moriken | 2005/07/19 1:11 AM |
    >>なるほど、morikenさんに共感できる映画、思い当たりましたがアメリカ映画です。『MATRIX』1作目。

    僕も、あれ見たときは、「え?」って思いました。

    でも、きっと、キリストでそうだったように、メシアは復活するものっていう暗黙の了解なんでしょうね……って、不敬な感じもいたしますが。
    | morimon | 2005/07/19 12:31 AM |
    >そうじゃないところで、僕はなんかビミョー感が
    なるほど、morikenさんに共感できる映画、思い当たりましたがアメリカ映画です。『MATRIX』1作目。
    ええー?女がキスしたらキアヌリーブス復活するんかい?なんてオソマツな落ちなのだ!と不完全燃焼感が残りました。とはいえ、ビジュアルな完成度や技術は新鮮で楽しめましたし、宗教観やイデアへの革新的メッセージも感られるところがあったので私的にはセーフなんですけどね(笑)
    というわけで、自分が同じように感じた映画に置き換えてみて納得しました。
    | ゆみねえ | 2005/07/18 2:52 AM |
    この妖怪大戦争がおもしろいかつまらないかはわからないけど、私はチープにはチープの良さがあると思っているし、妖怪などの世界はかえって、あまり作り込むと恐怖ばかりが前面に出てしまうかなという気もする。エピソード3は見た人大体の感想があまり好評ではないのだけど、中で一つが、ヨーダがフルCGなのは、興ざめで、人形のほうが良かったのにという人もいたり。

    しかし、こないだ夜中にやっていた映画「カタクリ家の騒動?(だったっけ?)はチープでヒドイ映画だった。何を表現したいのか良くわからなかった。監督は三池崇だった。リングの人?
    ある家族が、お父さんの長年の夢でもあるペンションをド田舎でやるのだけど(これがジュリー太ってみにくいし)
    田舎すぎて誰も来ないし、やっと客が来たと思ったら、客室で自殺されて、お父さんは長年の夢だからって、こっそり埋めるの次の客はおすもうさんのカップルで腹上死と圧死。
    ミュージカルで歌も出てきてホラーにしたいのか、喜劇にしたいのかさっぱりわからず。どれも中途半端で、オチを見るまでは眠れないとつい朝まで見てしまいました。。やれやれ。
    | Yuri | 2005/07/18 12:17 AM |
    >全てを説明しない『遊び心』

    ども。いや、僕もそれは大事だと思いますよ。すべて明示してしまったら、物語はおもしろくないですからね。比喩や教訓も含めて。
    そういうところはいいんですけど、そうじゃないところで、僕はなんかビミョー感があるんですよね……。

    >また別のロジックを用意しなきゃと

    うむ。すみません。そこまではわからないです。
    ただ、向こうの「奇跡」感というのは、すべてひとつのもの(人か)に根差していそうな感じがします。
    その意味で、教えとしては寛容だけど、そこを離れたものには不寛容なロジックがありそう(教義にはなくても)。
    | moriken | 2005/07/17 8:41 PM |
    確かに、宗教観って大きいかもしれませんね。

    日本人だと、奇跡的なことって、なんとなーくそのへんに転がっていたって、全然不思議じゃないって思ってしまうようなところあるけれども、一神教の国では、奇跡って、教会なり宗教的指導者が認定したりするものですからね。

    日本人なら軽く「奇跡です」ですましてしまうことでも、彼らにとっては宗教的な文脈にうまく収まらない限りは、また別のロジックを用意しなきゃというところがあるのでしょうか。
    | morimon | 2005/07/17 7:04 AM |
    morimonさん、コメントどうもです。遅くなりました。

    >「言わなくてもわかるでしょ」
    >製作者も視聴者も、大体同じような作品を見て同じように育って

    それはあるでしょうね。前提として、その暗黙の合意的な部分があるという。
    あと、もともとの感性の違いというのもあると思うんですよ。日本では「かわいい」はポピュラーで、向こうは「cool」みたいな(そこに根差すのは、じゃあ何かとかなると、単純な大人感覚と子ども感覚とかいうよりも、家族主義と個人主義とか、ひいては宗教観とかとも絡んできそうですが……)。

    で、妖怪大戦争はよくわからないのですが、でも、やっぱり向こうは因果関係をはっきり明示するつくりというのはすごくあるとは思うんですよ。
    でも、日本はそういうのが曖昧でいいというか。「よくわからない」奇跡的な事象を身近なものとして認識されている気がするんです。「戦国自衛隊」とかでもぴかっと光ったらタイムスリップ、「時をかける少女」で薬品を嗅いだらタイムスリップとか。
    因果関係がなくても成立させてしまう物語の組み方がある。

    それって(やっぱり宗教に向けてしまうんですが)、たとえば日本の仏教とかのお経とかでもそうだと思うんですよ。サンスクリット語の音読みを漢字にあてはめて、そのまま理解した気になるという(かといって、それを丁寧に和訳して人気を得た池田大作センセイのところを誉めるつもりは一向にないんですが)。昔は大衆とは違うのだという威厳付けだけのものだったのかもしれないんですけど、念仏を唱えるだけで(意味はよくわからなくても)オッケーというのは延々と根づいている。
    その「何でもいいんさ」的な寛容なところが自然と共生みたいな、アニミズム的な宗教観とか人生観みたいなところにもつながってるように思うんですよね(それは島国で外敵が少なく、山や海、森という食料環境に恵まれた要因が強いと思いますけど)。で、そこは僕はいいこと、美徳だと思ってるんです。
    ただ、それだと、作品という点ではつらいんじゃないかなと。指摘のように、ある種地理的な普遍性はもちにくいんじゃないかと思うんです。

    って、また長いですねw
    | moriken | 2005/07/17 1:36 AM |
    マーケティング的にはロジカルな裏付けのもとに成功するのかもしれませんが、全てを説明しない『遊び心』の感性は、日本やフランス映画のもつ面白さかもしれない、とも思えます。(私は)
    でも『妖怪大戦争』がどんな映画かは知りません(笑)
    | ゆみねえ | 2005/07/17 1:13 AM |
    うーん、そうなんですかね。

    ああいうのは「ロジックの詰めの弱さ」とはちょっと違う気がするのです。

    むしろ、製作者と視聴者が、それぞれの作品固有の世界観とかリアリティのレベルをどう設定し、どう読み取るかという部分が大きいのではないかと。

    日本人は、無意識に内に、ドラえもんにはドラえもんの、ピカチュウにはピカチュウの、ジュラシックパークにはジュラシックパークの、世界観やリアリティのレベルを読み取っていて、それから逸脱しない限りはOKとするようなところがありまして……。

    これって結局、「言わなくてもわかるでしょ」ってやつなんだと思うんですよね。

    日本人って、製作者も視聴者も、大体同じような作品を見て同じように育っていたりしますから……。

    一方、アメリカの場合、多様な世界を相手にしてますから、そういう共通のバックグラウンドに依存した説明抜きの世界観・リアリティというのが許されないようなところがあるんじゃないでしょうか。で、つい説明しちゃう。

    もっとも、日本のは、安直な模倣の繰り返しということもできるかもしれないのですが。

    あ、でも、それは結局「ロジックの詰めの弱さ」ってことなのかあ……。
    | morimon | 2005/07/16 5:07 AM |
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